瀧山町ビルヂング

所在地 東京都中央区銀座
竣工 1928年(昭和3年)
設計 三輪幸左衛門





銀座の電通ビルのすぐ近くにもうひとつ
戦争を生き延びた古いビルヂングがあります。
それほど人通りの多くない細い通りに面したビルですが
その迫力たるや圧倒的なものがあります。





瀧山町ビルヂング

電通銀座ビルよりもさらに古い
1928年に完成した雑居ビルです。
銀座地域に現存する最古級の近代建築のひとつです。
ちなみに「瀧山町」とはこのあたりの旧地名で
現在の「銀座6丁目」周辺に当たる地域です。
このビルができた時、ここはまだ「銀座」じゃなかったんですね〜



   

参考までに並べてみました・・・
左が電通銀座ビル(1934)、右が瀧山町ビルヂング(1928)
電通銀座ビルが昭和初期のスマートでモダンな建築の代表なら
瀧山町ビルは昭和初期のゴツくて古めかしい建築の代表といった感じ・・・
しかも新古典主義の優雅な古めかしさではなくて
埃だらけのくたびれた骨董品的な古めかしさというか・・・
単刀直入に言ってしまうと
「ボロい」という言葉がこれほど素直に当てはまる建築も珍しいです。
「ヴィンテージ」というか「アンティーク」の域です。これは。





さて、この貴重な「アンティーク・ビルヂング」
設計したのは「三輪幸左衛門」なる人物。
名前からして「いつの時代の人だよ」って感じですが・・・
前述のとおり細い通りに面していて、全体が見渡せるような建築ではありません。
そのせいか、ファサードのデザインも
「正面もへったくれもねぇ!! こんちくしょうめ!!」(三輪さん@江戸っ子)
というようなまとまりのないデザイン・・・



   

で、それに加えて何といってもボロいです。
上の写真がちょっとぼんやりした感じなのは
全体に外壁の剥落防止用のネットが掛かっているためです。
で下の方だけは付け焼刃的なリフォームがされていて
そのせいでなおさら上の方がボロく見えてしまう・・・
このビルを見に行くたびに「もう無くなってる(亡くなってる)かな・・・」
と心配な気持ちで見に行くんですが
意外にもいつ見に行ってもしぶとく生き残ってるんですよね〜
このボロい状態を保ったままで。
少なくとも最初に見に行った高校生の頃からこんな状態のままでした。





そんなちょっと悲惨な状況の瀧山町ビルヂングですが
それでも、建築としての見所満載の素晴らしいビルです。

まず外壁、茶色いスクラッチタイルが貼られています。
(これが剥がれそうなんでネットが貼ってあるわけです)
この時代のもっとも典型的な素材のひとつです。
肌色っぽい薄い色のところは石貼りです。
このタイルと石の二つの素材で、水平のラインが表現されています。
これこそ、この時代に非常に流行した建築様式
「ライト風」のデザインです。

「ライト」とはアメリカの大建築家フランク・ロイド・ライトのこと。
20世紀の三大建築家の一人に数えられる存在です。
「ライト風」とはこのライトの建築を真似たデザイン。
1923年にライト設計の「帝国ホテル」が日比谷に完成して以来
日本の建築家たちはライトのデザインに夢中になったわけです。
本家ライトの建築は流れるような水平空間の構成に特徴があるのですが
それが日本の建築家たちに「曲解」された結果
単にスクラッチタイル貼りの水平線を強調したデザインになりました。
ライトの建築哲学を日本人は「建築様式」という定型表現にしてしまったわけです。
これはこれで面白い近代日本独特のデザインです。





そしてなんといってもこのビルの見所は細部のデザイン!!
目の前が細い通りというあまりよくない立地の建築ですが
「正面全体のまとまりがだめなら、『でぃてーる』で勝負だ!! べらぼうめい!!」
という三輪さん@江戸っ子の気合いを反映してか
(三輪さんがホントに江戸っ子だったかどうかは知りません)
このビルのディテールのデザインはものすごい密度になっています。
上の写真は階段室の最上部の壁面の装飾。
テラコッタ(素焼きの一種)製の幾何学的なタイルが使い分けられています。
これもライト独特のデザインの引用。
これほど凝ったライト風のビルも珍しいです。
でも本家ライトの建築以上に、何というか「異様」です・・・



   

左が瀧山町ビル、そして右が本家ライトの「帝国ホテル」の細部。
四角形を基調としたこの幾何学のデザイン、なんとなく似てますよね。
こんな細かいところまで忠実にライトのデザインに倣っています。





  いや、そんなことよりこのライトの「帝国ホテル」
  今は愛知県の「博物館明治村」に移築保存されているのですが
  これすっっっっんごいですよ!!! ホントものすごいんですよ!!!
  建てるのに金かかりすぎて途中でライトが解任されたという逸話があるほどで
  このデザインの凝りようは正気の沙汰じゃありませんよ!!!
  高校時代に↑一回見に行ったんですが、これはヤバい・・・
  下手すると人生変わってしまうほどのとてつもない建築ですよ。
  こいつのデザイン密度はもはや病的としか言いようがない・・・
  昭和初めの日本建築がライト風一色に染まったのもうなずけます。
  そのうちこいつも詳しく紹介したいところです。





さて、瀧山町ビルに戻って・・・
改めて帝国ホテルと比べてみると、ライト風とは言いながら
もう完全にライトとは別物ですよね。全体の形も全然違うし・・・
でもこのビルの造形は、単なる模倣の域を超えています。
上は階段室の見上げの写真。
垂直に並ぶ窓の縁にライト風の幾何学タイルが並んでいます。
これ下から見上げた時の迫力はなかなか圧倒的です。
┣”┣”┣”┣”┣”┣”・・・って感じで。(違うか)
ライトの建築にはない垂直方向への志向ですが
流線形的なスムーズさではなくて、何というか
蒸気機関車が煙を上げて低速で進んでいくイメージというか・・・(なんだそりゃ)
エンジンの音を聞いただけでブルドーザーだと分かるような
非常にパワフルな造形です。





そしてこの玄関の上の「瀧山町ビルヂング」の看板。
凝った装飾と相まって非常に味があります。
当時の人は「ダヂヅデド」に違和感を感じなかったのでしょうか・・・
いろんなビルの看板調べて、いつ頃から「ビルヂング」から「ビルディング」になるのか
調べてみると面白いかもわからんね・・・





もうちょっと綺麗に補修してほしい・・・せめて外壁洗浄とか・・・
でも、これはこれでとても味があるというか・・・
重ねてきた歴史の重さを感じさせます。
貴重な戦前・ライト風の「ビルヂング」
まだまだ生きながらえてほしいです。
(でもいよいよ解体されそうな雰囲気なんですよね・・・)



<追記> 2009年2月25日



いよいよさよならが近いようです。
1階のテナントはすべて撤退し、入口も塞がれて入れなくなっていました。
シャッターにはビル解体に伴う店舗移転のお知らせが貼ってありました。
どうなるのかな・・・
お隣の「交詢社ビル」みたく部分保存とかになったりしないのかな・・・
とにかく、この古ぼけた素敵な雰囲気はもう味わえなくなってしまいそうです・・・





ちなみにこれがその「交詢社ビル」です。
数年前に改築された全面ガラス張りの真新しいビルなんですが
旧交詢社ビルの壁の一部がそこだけ切り取られたように「保存」されています。
でもこれは・・・元のビルとはやっぱり別物ですよね・・・
これがいいのか悪いのか・・・複雑なところです。
果たしてファサード保存は「都市の記憶の継承」になっているのか・・・
その記憶は本物の生きていた記憶なのか否か・・・

ジェームズ・ジョイスという小説家の作品に『ユリシーズ』というのがありますね。
アイルランド・ダブリンの1904年6月16日を緻密に、複雑に
様々な「言葉」を駆使して描いた長編作品ですが
ジョイスは「ダブリンが滅んでも、『ユリシーズ』があれば元通りにできる。」
とまで言っていたそうです。
都市の人々の息遣いとか、何気ない日常とか、空気とか、
「記憶」ってそういうものなんじゃないかな・・・
そういうのってこういう不自然なくらいに綺麗に「保存」されたものが
本当に受け継ぐことができるものなのか・・・
またマルセル・プルーストの作品に『失われた時を求めて』というのもあります。
あれは紅茶とマドレーヌで少年時代の生きた記憶がよみがえって・・・っていう話ですが
(これ数回チャレンジして最後まで行っていないんですが、てか長すぎ・・・)
この交詢社ビルを見て、果たして本物の「生きた記憶」がよみがえるものなのか・・・

田中の中では、交詢社ビルはもう「故人」なんですよ・・・
今の交詢社ビルは「見た目」似てるけど、別人ですよね・・・
それがあたかも、「ほら、ちゃんと記憶を継承しているぞ!!」って感じで振る舞ってるのが
違和感を感じて仕方がないんです・・・
たしかにあいつに似てるけど・・・お前、いったい誰なんだよ・・・
(なんかグダグダ長くなっちゃったな・・・)

とりあえず、言いたいのは
瀧山町ビルのそっくりさんができたら
多分僕は仲良くなれない・・・
中途半端なさよならは気持ちが悪いです。



2009.1.22

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