東京中央郵便局





「アヴァンギャルドの英雄」東京中央郵便局
日本におけるモダニズムの先陣を切って登場したこの建築は
まさにモダニズムの哲学を体現する存在でした。

その最大のポイントは「『造形』で勝負」の精神です。
無意味な装飾を大胆に排除し、構造体をそのまま表現することで
「ありのままの造形から生まれる美」の表現を目指しました。
「形態は機能に従う」という発想です。
この点が、装飾を否定し「造形美」を重視するモダニズム建築と
複雑な装飾によって構造を飾りつけて見えなくする歴史主義建築との大きな違いです。
簡単に言うと、「いかに化粧でキレイに見せるか」が歴史主義建築の発想
「いかにスッピンでキレイになれるか」がモダニズム建築の発想というわけです。



   

再び並べてみました。
左が東京駅の窓、右が中央郵便局の窓です。
東京駅の方は、本体である赤レンガの壁体の上に
白い石材の付け柱や窓枠がにぎやかに付いています。
一階部分は「クイーン・アン様式」の特徴である水平の縞模様が目にも鮮やかです。
(柱が上から下まで貫通していないって時点で装飾なのが明白なんですが・・・)
赤と白というコントラストも装飾的な効果を演出しています。
これが歴史主義建築の「装飾」という志向性
つまり「化粧でキレイに見せる」という発想です。
「構造をかき消すディテール」という言い方もできます。

一方の中央郵便局はというと・・・
まず垂直に伸びる柱があります。
上から下まで貫通しているので、本物の構造材の柱です。
そして水平方向には梁があります。
これももちろん構造材。この梁の断面が各階の床面・天井と一致しています。
残った部分、開口部には大きな窓が付いています。
何の変哲もないただの窓です。装飾も一切ありません。
・・・これだけなんです。柱と梁と窓。それだけ。
お分かりですかね、この建築には「壁」がないのです!!
この大きな窓は天井から床まであり、壁すべてが窓になっているのです。
装飾はおろか、構造と直接関係ない壁の存在すら排除され
「建築」を構成する最小限の要素だけで構成されているのです。

この建築に先立つ17年前、1914年に
フランスのル・コルビュジエが「ドミノ理論」というのを発表しています。
「建築は柱とスラブ(梁を兼ねた床板)があればそれで成り立つ。
 この基本を用いればドミノ倒しのようにどんな大きな建築も可能となる。」
中央郵便局は、まさにこのドミノ理論を体現した存在なのです。
理論がどうとかという時点で、すでに歴史主義建築とは次元が違うわけです。
当時の世界最先端の建築理論を導入した建築なのです。





でも、こんな理論がんじがらめの発想だけで
デザインには全然気を配ってないのかというと、そんなことはありません。
モダニズムの美学とは、すなわち「造形美」。
装飾によって美しく見せるのではなく、構造そのままの「造形」の美しさを
いかに巧みに引き出すか、これがモダニズムの発想です。

そこで重要になってくるのが「プロポーション」です。
装飾のしようがないんだから、どうやって白い箱をより美しくするかというと
それはもう箱のプロポーションに徹底的にこだわるしかないのです。
この点でモダニズムは古代ギリシャの神殿建築の志向性に近いものがあります。





こちらはお隣の丸ビルから見た中央郵便局。
改めてみるとホントに窓ばっかりの建築って感じですが
窓のプロポーションにご注目。
地上5階建てのこの建築ですが
1階から3階まではほぼ同じ窓の大きさになっています。
正方形に近い形の一番大きな窓の窓割りは4×3。
窓ガラス一枚一枚はやや横長なプロポーションで
それが12枚(縦長の細い窓は8枚)でひとつの大きな窓になっています。

ところが、4階部分の窓を見てみると
それよりもちょっと縦に小さな窓になっています。
4階部分の大きな窓の窓割りは3×3、小さな窓一枚と同じプロポーションです。
さらに4階と5階の間には水平の帯(エンタブラチュア)が付いていて
(これが唯一の装飾といえば装飾です)
わずかに後ろに引っこんだ(セットバックした)ところに5階の柱があります。

詳しく書くとまどろっこしいですが、簡単に言うと
上の窓ほど小さくなっているのです。





なぜこんな微妙な差異があるのかというと
下から見上げた時の視覚上の効果を狙っているためです。
古代ギリシャ神殿建築の柱の「エンタシス」と同じ発想です。
「エンタシス」とは柱の上の方をやや細くすることで
より建物を大きく、かつ安定感があるように見せる効果です。
「遠くは小さく見える」という遠近法を逆手に取った巧妙な発想で
実際より小さくすることで、より遠くあるように見せかけるのです。
「小さくすることで大きく見せる」というこの逆説的発想、面白いですよね〜

この中央郵便局の場合は、柱ではなく窓割りによって
「エンタシス」を表現しています。
上の窓をやや小さくすることで、下から見上げた時に
実物以上に建物が大きく見え、迫力が出るというわけです。
さらに4階部分で一旦柱の連続を「区切って」
その上に後ろに引っ込ませた5階部分を乗せることで
5階部分はさらに小さく、遠くにあるように見え
より迫力のあるファサードになるというわけです。

こういう視覚的な効果全てを数学的操作だけでやってのける
つまり、「装飾」ではなく「造形」で美を追求する哲学・・・
まさしくこいつはモダニズムの精神を宿した存在なのです。
やっぱり「帝都の玄関」にある「日本の通信の顔」ですから
機能主義建築といえど、それなりに見えないといけないわけです。
吉田鉄郎はこの「見栄え」と「構造」を見事に両立した建築を作り上げたのです。
(だからこの後ろに超高層ビルがくっつくと
 こういう細かい気配りが全部台無しになっちゃうんですがね・・・)

ちなみに、この「窓のエンタシス」は吉田鉄郎が好んで用いた作風で
東京中央郵便局の姉妹建築に当たる
大阪中央郵便局(1939)でも同様の演出がされています。
大阪の方もDOCOMOMO100選に登録されているんですよね〜





それから、このデザインにはもうひとつ
吉田鉄郎の意図が込められています。
こいつは柱と梁だけの建築ですから
床板を柱より手前に出して、前面を全てガラス張りにする
すなわち、カーテンウォールの建築にすることもできたわけです。
しかし吉田鉄郎は、あえてそれはしませんでした。
柱と梁の間に窓がある、この関係性を吉田は重視したのです。





さて、唐突に別世界な建築の写真が出てきましたが・・・
これは世田谷の次大夫堀公園というところに移築されている古民家の写真。
(建築フォルダを漁っていたら偶然出てきたので・・・)
改めて見てみると、日本家屋って結構「モダン」な感じがしませんか?
基本的には柱と梁と障子で構成されていて、ちょうど「ドミノ理論」のよう・・・

こういう日本の古典建築とモダニズムの近似性は
1920年代からすでに多くの建築家によって指摘されていて
「日本的モダニズム」の方法論がさまざまに考えられていました。
(それを大幅に逸脱してしまったのが帝冠様式です)
その中で吉田鉄郎も、彼の考えた「日本的モダニズム」のあり方を
東京中央郵便局に結晶させたのです。





吉田鉄郎は日本建築の構成要素と、その位置関係に着目しました。
基本は柱、梁、障子の三要素。
柱と柱の間には梁が渡されていて、その間の面に障子があります。
位置関係としては、柱が一番手前にあり、そのわずかに後ろに梁があり
さらに後ろに障子面が来るという三段構成です。
東京中央郵便局もまさにこの方法論に従ったデザインになっています。
そしてこの格子状の窓は、どこか障子を彷彿とさせるところがあると思いませんか・・・?

このように、こいつには日本の古典建築のデザインも巧みに引用されています。
だからこそ、アントニン・レーモンドは
「日本的解釈による現代建築がこの建物によって始まった」と評したのです。
単なる西洋建築の模倣ではなく、日本独自のモダニズム建築・・・
この建築から、本物の「日本の現代建築」が始まったのです。





「アヴァンギャルドの英雄」は単なる破壊者ではなく
日本独自の現代建築を目指した創造者でもあったのです。
凝り固まったアカデミズムを破壊し、かつ古い精神も守りながら
新たな方向性を提示していく・・・
こいつが日本現代建築に与えた影響は、計り知れないものがあると思います。
(そこまでHさんはホントにわかっているのか・・・)

こいつが今後どうなるのか、まだわかりませんが
(正確に言うと、今回の騒動でわからなくなりましたが)
・・・どうなるんでしょうね・・・
我々はただ静かに見守るだけです・・・



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2009.3.4

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