国立代々木競技場
第一体育館





東京オリンピックという一大国家イベントの舞台として建設されたこの建物
当然ながら、期間中は世界中がこの建物に注目するわけです。
北京オリンピックでも、連日「鳥の巣」が大映しでしたね。
1964年当時は、あんな感じでこの建物を世界中が見つめていたわけです。
日本の復活を世界にアピールする、又とないチャンスでした。

ここで丹下先生は、このモダンな建物の中に「和」を忍ばせたのです。
それもあからさまにではなく、極めて日本的な手法「見立て」を使って
世界中を魅了した「ジャパニーズ・モダン」の世界を作り上げたのです。





さてこの屋根
この屋根には「和」のイメージが投影されています。
ケーブルの描く「懸垂曲線」は、ちょうど上に反り返るような感じになります。
「上に反り返る屋根」というのは西洋の建築にはほとんどないんですね。
それがあるのが・・・日本のお寺です。
この屋根の形は純粋に構造的・機能的な理由から来ていますが
その形を丹下先生は日本の寺社建築に「見立てた」わけです。
無理に形を変えてお寺っぽくするのではなく
「あ、そういえばこの形、お寺の屋根に見えない?」というイメージから
ほんのわずかな味付けでお寺に「見立て」ているのです。

「見立て」は日本の伝統的な表現手法。
たとえば落語家は、扇子と手ぬぐいであらゆる「見立て」をやってのけます。
扇子は扇子そのものなのに、口元でズズーッとやると「そば」
腰から引き抜くと「刀」になります。扇子は扇子のままなのに。
「日本の芸術は暗示的である」といわれるのも、こういうところから来ているのでしょう。





たとえばこちら
背骨のケーブルを支える塔のてっぺんのデザイン。
コンクリート打ちっぱなしでシンプルな造形ですが
これもあるものに見立てています。
左右にちょこんと付いてるオマケのようなもの
魚の「ひれ」のように見えませんか・・・?
そう、この塔の頂点の形は「シャチホコ」の見立てなのです。
日本中探したってこんなモダンなシャチホコはいないでしょう。
「寺にシャチホコ・・・? 寺は鴟尾か鬼瓦じゃないか?」とか言わない。
あくまで「和」の見立てですから、細かいことはいいんです。





それから背骨のケーブルのカバー
スリットが入ったようなデザインですが
これも寺社建築に見られる、板瓦を重ねて造る
屋根のいちばん上の水平な部分「大棟」の見立てです。
さらに屋根のケーブルの等間隔のラインは、屋根瓦の見立てでもあります。
屋根の防水材の色合いも上手い具合に屋根瓦っぽい色になってます。





まだまだ丹下先生のインスピレーションは止まりません。
ブーメランの軌道のような曲線を描いて大きく張り出すのは観客席。
こちらは日本建築独特の大きく張り出した「軒」の見立てです。
ケーブルのフックが軒先の「垂木」を彷彿とさせます。

でもやっぱり、これはあくまで「見立て」であって
露骨に「日本建築!!」っていう表現ではありません。
「ホラ、この形・・・わかる?」というような暗示的な表現です。
これを言わずして理解できるのが粋な日本人です。
したがってこのページを見ているあなたは、もう必然的に粋な日本人にはなれません。
言ってしまってごめんなさい・・・

でも、まだまだ気付かないところに丹下先生は「見立て」を隠しているかもしれません。
もし見つけても、管理人には教えないでください。自分で探します。
こういう探し出す楽しみも、建築を楽しむ方法の一つです。
楽しみを奪ってしまってごめんなさい・・・





それから、この体育館のデザインに見られるかわいらしい曲線使い
これはこの時代に流行した工業デザインのモダニズム
「ミッドセンチュリー・モダン」を反映していると言えます。
20世紀のちょうど真ん中頃(Mid-Century)
1950〜60年代に流行したミッドセンチュリー・モダンは
曲線を多用したポップなデザインとカラフルな色でアメリカや北欧を中心に流行しました。
チャールズ&レイ・イームズ、アルネ・ヤコブセン、ヴェルナー・パントンなどが
代表的なデザイナーです。イームズの椅子はとくに有名。

当時人々の心をつかんでいたデザインをしっかり取り入れ
そこにこっそりと「和の見立て」を忍ばせ
しかも全体としてはちゃんと構造から逸脱しない造形・・・
これ以上のものが考えられるでしょうか・・・





丹下先生が「世界のタンゲ」となれたのは
自分自身のキャリアの頂点を、東京オリンピックという
又とない絶好のタイミングに持ってこれたからだとも言われます。
類まれな実力を「運」が補完していたわけです。

「世界をアッと言わせた名作」は今も代々木の地で
世界中の建築ファンを魅了しています。



前のページに戻る

2008.12.23

一覧に戻る
地域別一覧に戻る
時代別一覧に戻る

inserted by FC2 system