世田谷区役所 第一庁舎

所在地 東京都世田谷区世田谷
竣工 1960年(昭和35年)
設計 前川國男





「デザイナーのふりをした芸術家」とは
かのル・コルビュジエを評した言葉。
デザイナーは本来、いかに材料を機能的に組み合わせるかを考える仕事。
(最近はまたちょっと違う意味で使われることが多いですが
 工業デザイナーとは本来そういうものです。)
建築家もまたデザイナーの一部。
でもそこに、ル・コルビュジエはこっそりと
自分の美的感覚をひそませて、工業製品のふりをした芸術品を作り上げた・・・
そういう意味合いがこの言葉には含まれています。

そして日本にもまた
「デザイナーのふりをした芸術家」がいたのです。
彼の名は前川國男、ル・コルビュジエに師事した日本人建築家です。
この「作品」は、彼が限られた予算の中で作り上げた
工業製品のふりをした芸術品のひとつです。





世田谷区役所 第一庁舎



今回、区役所の総務課の方に許可をいただいて
内部の写真も撮影させていただきました。
(撮影の間中ずっと付き添っていただいてお手数おかけしました・・・)

玄関を入ると、正面に吹き抜けのホールが広がります。
写真はその正面にあるコンクリートの「壁画」です。
(色合いが木のようですが、コンクリートです)
大沢昌助という人の作品だそうです。
コンクリートの力強い壁画が建物に調和しています。



   

格子状の天窓は自然採光になっています。
この区役所は上から見ると「ロ」の字型になっていて
太陽光が建物の中心を通ってこのホールまで入ってきます。
自然採光なので電気代も安く抑えられます。
ガラスで和らげられた太陽光がホールをやさしく照らします。

壁画の前には途中でゆるやかに曲がった階段が付いています。
第二庁舎区民会館と同じモチーフが繰り返して使われ
「世田谷区役所シリーズ」の統一感を演出しています。





一連の「世田谷区役所シリーズ」では、人間の流れが重視されています。
戦前の大きな役所の建築では、正面のホールに
左右に分かれたシンメトリーな階段がドーンとあったりしますが
この世田谷区役所では、片流れの階段が、しかも斜めについています。
区役所の中の人はこのホールを中心に、階段からホールの周りの廊下へと
時計回りに回転しながらそれぞれの目的の場所へと移動していきます。
戦前の大規模建築のように、左右に別れた廊下ではなく
一本のつながった円周上に各部署が設置されていて
より効率的で迷いにくい構造になっています。

こういうところは機能主義者の面目躍如といった感じですが
機能性を確保しつつ、同時にこのホールに象徴性を持たせ
しかも一番いい場所に建物の象徴となる壁画を飾り
その壁画を見せるように自然採光を設置する・・・
この確信犯的な犯行・・・
まさに「デザイナーのふりをした芸術家」です。



   

ちなみに先ほども書きましたが
撮影の間中ずっと総務課の方が一緒に付き添ってくださったのですが
「建築を学んでらっしゃる学生さん?」と聞かれたので
「建築史をやっています。」と答えたところ
「じゃあやっぱり、前川先生の?」とのお返事。
二人の前川ファンが劇的な邂逅を果たした瞬間ですよ(清のほうではない)。
総務課の方にはおススメの撮影ポイントまで教えていただいて
ホントにありがたかったです。
この場を借りて心から感謝です。
(総務課の方のお話だと、やっぱりたまに見学に来る人がいるそうです)





こちらは外観
コンクリートによる骨太の柱梁構造が特徴的な建築です。

「世田谷区役所」は1957年から1969年にかけて
12年、三期に分けて4棟の建物が建設され
そのすべてで前川先生が設計を担当しました。
第一期(1957〜1959)では世田谷区民会館の2棟
第二期(1959〜1960)では世田谷区役所の第一庁舎
第三期(1967〜1969)では第二庁舎が建設されました。
それぞれで微妙に作風が異なりますが
いずれも打ち放しコンクリートで仕上げられていて
「世田谷区役所」としての一体感を演出しています。
この第一庁舎はその中心的な存在です。





縦横に太いコンクリートの柱と梁が走る様は圧巻です。
上の方の飛び出したように付いている部分もユニークです。
構造体を大胆に露出させ、コンクリートの荒々しい質感を強調した
「ブルータリズム」の表現です。
コンクリートを打ち放しにすることで、工費も節約しています。
この表現は同時期のル・コルビュジエの作品にも通じるところがあります。



   

そしてこちら、建物の南西端についている謎の塔
防災無線か何かの塔なんでしょうが、これまた独特な造形です。
こういう曲線使いはやはり師であるル・コルビュジエと共通なものがあります。
ル・コルビュジエもこの時代、独特の曲線を持った建物を多く設計していて
その極致がかの「ロンシャンの礼拝堂」(1955)なわけです。
師と弟子の両方が影響を与えあい、受け合っていたんでしょうか。





こちらは塔のある側の反対側
白い蜂の巣のようになっているのは耐震補強です。
今でも既にかなりの耐震補強が施されていますが
案内してくれた区役所の方の話では
やはり耐震面にかなり不安があるらしく
建て替えの話も出ているそうです。
区役所の方も残念そうでしたが
「今のうちに見たい人は見ておいた方がいい」とのことでした。





どんどん失われていくモダニズムの名作たち・・・
最近では雑誌などで特集が組まれたりしていて
以前よりも注目が集まってはいますが
まだまだ実際の保存には結びつかない状況です。
もっと多くの人々が
モダニズム建築の芸術性に気付いてくれることを願っています・・・



<前川國男「世田谷区役所」>

世田谷区役所 第二庁舎
世田谷区民会館 公会堂
世田谷区民会館 公民館

2008.8.30

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